2007年10月26日

日本妖怪大百科

お友だちでもあるカメラマンのS子ちゃん撮影の写真がいっぱいです。
02号は鬼の妖怪特集なんだけど、巻頭は貴船神社。8月の終わりに、夜の貴船神社を怖がるS子ちゃんに付いて行ったつもりが、わたしの方が数倍怖がってしまい…;あんまり怖かったので、翌日は運良く(笑)電話をかけてきたTさんをムリヤリ巻き込みましたっす。(@4ページの奥宮の写真です)=(参考:8/30,9/2の日記)

あの水木しげるさんや、我が心のおーじ様(笑)荒俣宏氏が監修で、めちゃめちゃおもしろい妖怪百科。妖怪ビギナー(@こんなコトバあるのか?)はもちろん、わたしのような酒呑童子オタクのような鬼マニアも、ちゃんと酔わせてくれるような濃ゆい内容。写真や昔々のイラスト図解もふんだんで、語り部のおばあちゃんも出てきたりする美しい妖怪図鑑。全十巻予定だそうです。
創刊は2巻同時発売。01巻は「河童と水辺の妖怪」。02巻は「鬼と里の妖怪」。
ワタクシ的には次の第3巻の「天狗と野山の…」と第6巻の「人魚と海の…」が期待大っす。天狗特集には鞍馬が出るらしいし(ちなみに鞍馬の天狗特集もS子ちゃんが撮影)、あたしゃ世界の海の女神にはちょいと詳しいし。

超ビビってチビリそうになりながらライトを照らしていただけのヘッポコなわたしまで、見本紙送ってくださいました。さすが太っ腹、講談社。ありがとう、S子ちゃん。3巻以降は絶対買います!自腹で。(笑)
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2007年10月18日

よどみにうかぶうたかた…だけど

下鴨神社、糺の森を散歩。ときどきふらっとお参りするワタシのスタンダード神社さん。
タマヨリさんの河合神社で鴨長明像を拝みました。下鴨神社をしきる当時の大豪族鴨氏の一族で河合神社の神官の子として生まれたにもかかわらず、禰宜になれなかったと言われる変わり種、長明さん。重職にはつけなかったけれど、天は偉大なる文才を彼に与えました。公職からすべて退いたあと「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず…」と歌ったあまりにも有名なすばらしい冒頭。方丈記。
あくまでも文士であった鴨長明さんの仙人のようなほがらかな木像に手を合わせました。ああ、偉大なりよ〜(^人^)
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2007年10月16日

亀田考〜ほんとうは弱いという通過儀礼〜

ボクシングの亀田一家がまたも世間を賑わせている。
わたしも当日は、他のチャンネルとカチャカチャと行きつ戻りつしながら見ていた。腰を据えてみるには耐えられなかった。
わたしの場合、それまで好ましく思っていなかったような人でも、バッシングがはじまるとバッシングされている方に同情を覚える性癖があるのだが(爆)、今回は難しい。

ズルいな〜と思えてしょうがない。このズルいというのは、単に反則を繰り返しているという不快さではない。反則をすることで、非難の目をそっちに向けてしまったこと。まともに闘ったのでは、全然弱くてボロ負けになったろう。そして、「ほんとうは弱いくせに」という非難の嵐であったろう。彼は(彼ら一家は)それを避けた。それがめちゃめちゃズルい。
「ほんとうは弱い」ではなく「反則がひどい」に非難をすりかえた。「ほんとうは弱い」より「ヒドい反則」という方が、むろん世間の非難は荒れる。あたりまえだ。ただ、それでもなお「ほんとうは弱い」という烙印を押されることの方を、彼は(彼らは)怖れたような気がする。

いつだったか、亀田が勝ったあのジャッジに非難が集まっていた時、以前のブログで「今、彼は(勝ったにもかかわらず)地獄を見ているだろう。地獄から這い上がった男だけがホンマものの王者。今は実力がないとしても、地獄から這い上がって名実ともに王者になることを期待したい」というような主旨のことを書いた。
しかし、今回の一件を見ると、その過去がなんら教訓になっていないし、やっぱりあの時勝たせたのが悪かったのだと思わざるを得なくなる。あの一家は、ほんとうの意味で地獄を見ていなかったのだ。対面をとりつくろって、勝ったと言う体裁だけが残っただけだった。

だから今回も、ボクサーとしてのほんとうの意味での地獄…「ほんとうは弱い」という事実を味わわせるべきだったのだと思う。それはきっとボクサーとしてのプライドを粉々にさせるようなむごい経験に違いない。しかし、そこでその恥に打ち勝ち、地味な努力を繰り返し、本当に這い上がってこられたなら、その時、彼は本当に王者になれる。彼はまだまだ若い。だから何年かかってもええやんか、その境地に導けるように周囲は、彼にキッチリと恥をかかせるべきだった。こんな形ではなく、自分の実力のなさ、弱さに直面させるというアタリマエの恥をかかせるべきなのだ。それが、将来のほんまもんの王者へと叩き上げる。こんなところでくだらない体裁を保たせてはならない。

「まともに恥をかく」
これは、王者になる男にとって、どんな場合も欠くべからざる要素だとわたしは思っている。王者への通過儀礼。いつでもたったひとりで口を閉じ恥を忍べる男が、真の男だと思う。
「アイツは弱い」「アイツは無能だ」「アイツは嫁に逃げられた(情けない)」「アイツの店は流行っていない(実力がない)」…こういうことに直面してこそだ。避けちゃあなんねえだ。
闇を這い上がってこそ、いずれ闇を照らせる力のある男になるのだと思う。光だけではない、光と闇の両面を理解する男が、ほんものの王様。これは神話の時代からの王者のセオリーであり、本質なのである。
だから、彼を叩け!叩いて、叩きまくることが、彼への真の愛情になるだろう。反則行為だけに、すりかえてはならない。反則を咎めるのはもちろんのこと、弱さを直面させるまたとない機会としても、さらに叩け!
今、心から恥を覚えることで、5年後、10年後の賞讃へと導けるだろう。大丈夫。ほんと、そういう例はいくらでもあるではないか。オリンピックのドラマをざっとみるだけでも枚挙にいとまがない。いや、ほんまよ。
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