2008年06月23日

愛は忍耐

鈍感に陥っている人が、そのうち誰かを傷つけるのは目に見えて明らかかもしれないが、第三者がそれを指摘したところで、何とかできる問題ではない。例「このままなら、キミは後悔するよ」と。

また、案じていたとおりの結果になってから、第三者が再びそれを持ち出したところで、なんらプラスに作用することはない。例「ほら、みたことか」と。

つまりは「愛は忍耐である」こと。
これはただただ自らに向けられ、最後の最後までだれにも明かされる事なく、内で進行することで、自己完結する理念として輝くコトバである。
「忍耐」は語った時点で崩壊する。…ということは、耐ゆることは、神と「わたし」しか知らない心理状態であるということ。まさに「愛」と同義だと発見し、何だか震える思い。
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夢見陰陽師さんに会いました。

先日、友人のNちゃんのはからいで夢見技術でも有名な播磨陰陽師さんにお会いして、梅田で3人でお茶をすることになった。
この方は、隔世一子相伝で、古来より代々…引き継がれてきた血統の方で、わたしは不勉強で恥ずかしながら今まで存じ上げなかったんだけど、その道では、かなり名の知られている方のようだった。
 
 
百年前までは千人?1万人?(←すいません、忘れました;)くらいいた陰陽師も伝統も素養的なものも古来のままに受け継いでいる人は、今では全国で30人くらいとのこと。この方はお祖母さまから見出され、幼少期より英才教育を受けられた方。御自身で、ひょっとしたら最後の陰陽師になるんではないかとも。
 
 
わたしは、勝手にもっといかめしい畏まったタイプの方を想像していたのだが、実際はきさくでたいそうお話しやすい方だったので、振り返ると、えらく恥ずかしいことまでいろいろとしゃべりまくってしまった気がする……。そもそも別件でお話を聞くつもりだったのに、結果的にぜんぜん違う話でもり上がってしまい、まるでファンタジー小説のように、爆発的に面白かったっすよ。(笑)
 
 
陰陽師の本来の仕事は〓〓(伏せ字ですんません;)ってことや、「悪霊を祓う」という具体的なことも、(こういう言い方は語弊があるけれど)、めちゃめちゃおもろかった〜。
近ごろ、妖怪さんとも仲良し??なわたしですが、妖怪を祓う方の方からみた妖怪譚もそりゃあもうある意味、いずれの晴明か小野篁か…で、衝撃的で面白すぎる。(悪さをしない妖怪までな〜んも祓う必要ない…とも@そりゃそーだ)
 
 
そして、何が一番印象的だったかと言うと、「私は単に技術者やからね」とおっしゃっていたこと。呪いもするし、救いもする、単に世の中を中和するだけの技術者だと。
これには、ワタクシ的にはらたいらに全部。(←また、言ってる……(^^;))
世界を救済しようとか、善くしようとか、そういうヨコシマな考えはお持ちでない(笑)ところも、非常に共感いたしました。
わたしなどのヘッポコナンチャッテと比べたらバチ当たりますが、この姿勢は学ぶところが大きいのです。ヘンな優越意識がじゃましていない分、スッキリとまっすぐものを見る姿勢が貫かれていて。
結局は、技術よりこの偏りのない視点と姿勢こそが要だと思われますが、それでもきっと彼はあくまでも「技術者やし」とおっしゃるんだろうなあ。
 
 
うん、わたしも決めた!今日のこの日より、ヘナチョコなりにも「ただのシンボリズム技術者」だと胸を張ることを(笑)。うん!
(けっこうアホなことも話していたんですが、いつのまにかリスペクトされていたようでアル)
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