2012年10月11日

ともだちはともだち

『日中国交正常化40周年シンポジウム〜日本と中国、何をどう学び合ってきたか、文化と女性の視点から〜』

 中国のママ友Wちゃんの誘いで行ってきた。最も騒動が激しかった9月22日のイベントだったので、実は、爆弾でも仕掛けてあったらどーしよーなどと小心なことを思っていたワタクシだった(^^;)。しかし、このイベントに来た人たちは、こんなご時世でも互いに友好的で、日本好きな中国人と中国好きな日本人が集まっていたよ。

 何年も前にWちゃんからプレゼントされた芥川賞受賞作である『時が滲む朝』を読んでいたので、作家の楊逸がパネラーにいるということで彼女を一目見ようと行ったんだけど、その他のパネラー陣(ゲストは全員女性)のすさまじいバイタリティと、Wちゃんの研究室の師匠でもある加藤千洋さんの(前に報道ステーションの解説者していた方)の、物腰の柔らかな老紳士ぶりにもたいへん好印象を抱いた半日だった。

 文化交流をしている人たちにとっては、国の事情と文化交流は別、と明確に分けて考えている。わたしも中国のやり方は「国として」まったく好きではなく不快感を覚えるが、それでWちゃんとの付き合い方が微塵も変わるわけはない。「イヤな思いをしてない?」と聞くと、「うん、大丈夫。北京の両親も今のところ大丈夫」と言う彼女。そうは言っても、Wちゃん夫妻もお国のご両親も肩身が狭く感じているだろうってことは、あの騒動のさ中、容易に想像がつく。個人個人の友情や交流は、本来、政治の問題とはまったく別の次元のことなのに、それぞれの国で、針のむしろのように感じている少数の人たちのことを思うと胸が痛む。
 わたしにとっては、Wちゃんは日本の友人と同じく、彼女に良いことがあればこっちもうれしくて「おめでとう!」と思うし、辛いことがあれば気がかりになる。それだけのことやもん。出会って15年、国同士はいろいろあったけど、それはずっと変わらない。


posted by ミケ at 14:23 | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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